イタリア放浪時代 5<モスクワ>
大平原をゆったりと蛇行して北極海に注ぐ大河を眼下に、西に向かった飛行機はもう何時間も乗っているはずなのに陽がいっこうに傾かない。これが時差と言うものか、ちょっと4次元の世界を垣間見た気分で嬉しくなった。空港に降り、時差を調節するともう5時だと言う。緯度のせいか太陽はまだ高い。それに5月の終わりと言うのに30度近い、この熱さはなんなのだ。今年は特別で、内陸で起きるフェーン現象の一種らしい、バスの車窓から、川で水遊びに興じる子供や若者を見た。
モスクワの第一印象がその熱さだったことは驚きだが、街並はさすがにヨーロッパに来た感じがする。そして、壮大なあの赤の広場に来た。クレムリンや、正面の教会は写真で見るよりずーと童話的でケーキのようである。今の政治情勢を考えると、そのロマンチックさが逆に不気味でもある。バスを降り広場を散策して正面の巨大なモスクワホテルに入った。2~3千室ぐらいありそうなホテルだ。宿泊するホテルはこちらでは選べないらしい、すべてインツーリスト指示による。しばらく待つとホテルに現地案内人が現れた。このホテルに2泊して明後日8時に出発する。明日は朝晩の食事はホテルだが、あとは自由行動だそうだ。万歳! 事前の調査はしてないが行ってみたい所がある。
翌日、地図を片手にまず市場に出かけた。巨大な市場で、古いロマネスク風の2階建ての建物が、格子状に並び、通路の部分はガラスの天蓋が架かって明るい。しかし、アーケードのように店舗が建物ごとに独立しておらず、やはり市場だ。肉や魚や野菜はもちろん衣料品、雑貨、何でもある。夏の暑い日ざしがガラスの天蓋から容赦なく照りつける。薄着で上気した顔の主婦達が買い物に夢中だ。ぼくは、そんな雑踏の中をカメラ片手にすり抜けようとした。その時、どーんと肩に強く当たった。瞬間、感触で大きな胸に当ってしまったと思い、ごめんなさいと振り返ったが、それは二の腕であった。とにかくこの国の主婦は横に大きい。あの抜けるように白い肌の娘時代と同一の人種にはとても思えない。メロンとハムとパンを買って昼にした。
午後からどうしても見たかった地下鉄にチャレンジした。当時、モスクワとパリの地下鉄は有名であった。赤の広場に戻り、地下鉄の入り口らしき場所を見つけた。地下鉄にしては立派なエントランスだが、照明は暗い。どのようなシステムかと考えていると、アラブ系の顔のおじさんが、僕の肩をたたいて、「カイタイセイコー カイタイセイコー」と話しかける。何のことか解らないので、ちょっと肩をすくめると僕の腕の時計を指して「買いたいセイコー」といっているのだ。父からの入学祝の時計だ。「ごめん! NO!」 といって断ったが、そんなにも日本製が人気なのかとちょっと気分を良くした。しかし、4列に並んだエレベーターは奈落の底と思うほど深い地下に向かっていく。しかも、蛍光灯が使われなく暗いのである。モスクワの地下鉄は防空壕も兼ねていて世界一深いそうだ。どのようにチケットを買ったのか記憶に無い。ホームに入ると大きな労働賛美の絵画が書かれたアーチになっており、巨大な空間が開けている。たしかに、地下鉄に寄せる並々ならぬ国の情熱を感じる。郊外まで出て、また戻った。
翌日、再びイリューシン機でモスクワを飛び立った。さすがにもう恐ろしさは無かったが、今度は通路側の席だ。好奇心いっぱいの僕にとってこの差は大きい。ただ座席に座って時の過ぎるのを待つのはほとんど修行に近い。結局スチュアデスさんの品定めなんかしてしまう。若くは無い人でもさすがに町の主婦とは違ってスレンダーだ。しかし、美人でもちょっと怖そうだ。よく見ると薄い髭なんか生えたりしている。そんなのんきなことを考えながらストックホルムに向かった。