イタリア放浪時代<ペルージア4>
ペルージアの夏はなんと言っても夜の散歩である。パセジアータといって、街中の人が、涼を求め、とちょっと着飾って現れる。教会からまっすぐ丘の展望台まで2~300mほどの広い道をただ行ったり来たりするだけだが、友に逢うと立ち話を交わし、時には道に並ぶバルのテーブルで、話し込んだりしている。僕も始めのうちは食事が終わるとすぐに二人を誘ってパセジャータに出た。
横浜を発つ時、竹中工務店のT嬢が餞別に雪駄をくれた。その時は何でと思ったが、これが大いに役に立った。パッセジャータは一種のパホーマンスである。今では考えられないが、僕はまだスマートであった頃で、服装はジーンズにTシャツだが、日本人特有のガリ股で雪駄をシャンシャンと鳴らし、足を左右に飛ばしながら肩で風を切って歩くのだ。夏の夜のひんやりとした石畳に雪駄は良く似合う。ご丁寧に本来あまり好きでもないのに口の中をイガイガにしながら、手彫りで限りなく細く削ったパイプを咥え、二人の女の子を従えて歩くものだから、これ以上目立つ姿は無い。
9時を過ぎる頃からは、教会の広い石段が世界中から来た若者たちで埋まり、毎晩ここで世界会議が始まるのだ。いろいろな言葉が飛び交うが、どうしても英語が中心になる。だがアメリカ人やイギリス人を除くとどの国の若者もそんなに流暢でない。議論が微妙にかみ合わないのが面白い。会議はその晩だけで終わらないこともあり、翌日の延長戦もしばしばだ。僕もパホーマンスが効いてか、こんな議論が嫌いでないからか日本代表として駆り出される事も多い。
お国自慢が終わると、最後はどうしても宗教の話になってしまう。僕は初め日本古来の神道で多神教のスタンスで話たが、イエス、ノーをはっきり言い難く、もっと説明しやすい仏教徒で禅宗の立場で参加する事にした。スタンスと論旨がはっきりしないと、このディベートはすぐに負けてしまう。ちょうど、鈴木大拙の「禅とはなにか」を読んでいた時なので受け売りも多かったが、キリスト教に代表される一神教に対しては「禅」はかなりインパクトが有ったようだ。ここでも日本人村の村長の立場を充分に守る形になった。ただ、語学力が低いと、可否をはっきり言わなくてはならない議論では、話しが微妙に違うなと思った瞬間からどんどん修正が効かなくなり、思いもかけない結論で言い切らねばならないことがある。行きがかり上かなり過激なことを言うことになってしまった事も多い。それでも楽しい夜だった。
しかし、8月に入ると皆は少し議論に疲れてしまったのか、この石段にアルコールを持ち込む若者が増え、遅い時間はほとんど居酒屋状態になる日もある。僕は自然に遠退くことになってしまったが、たくさんの友人が出来た。