イタリア放浪時代<ペルージア10>
まだまだイタリア語で仕事ができるレベルではないが、そろそろペルージアを切り上げねばならないと考え始めた夏の終わりに、かわいいチンクエチェント(フィアット500)に乗った堂々たる体躯の男たちが現れた。もうイタリアは長いらしく、いかにも溶け込んでいる感じがする。二人ともミラノの道場で武道を教え、バカンスにやってきたと言う。日本拳法を教える郷田さんと柔道の門脇さんである。ミラノの話が知りたくて、いろいろと話を聞いた。現代建築はローマでなくてミラノだ。どうせならミラノに来い。郷田さんはミラノ城の近くで、何人かの日本人と住んでいるそうだ。そこでよかったら尋ねて来いと言ってくれ立ち去った。願っても無いことである。二人はまるで僕のミラノ行きの道をつけに来てくれたような存在である。
すぐにミラノ行きの準備を進めた。友達の輪を広げすぎたため別れが大変だ。学校も終盤で受講者の数も減ってきた。その日、授業の終わりに手を上げて、「マリア先生、私は今日で終わりです。明日ミラノに発って建築の勉強と仕事に行きます。ありがとうございました。」とたどたどしいイタリア語で言うと、「ビエニクイ(こちらにいらっしゃい)」と握手を求められ、「この講義は夏休みに開かれるから黙って去ってゆく人が多いけど、お別れを言ってくれる、あなたは素敵だわ。がんばるのよ!」と首に手を廻し、ほほにキスをしてくれた。教室中に拍手が起こった。先生の赤いハイカラーのシャツからバラの香りがしたことを生涯忘れることが無いだろう。
突然だったのでウバルトとの別れは電話だけになってしまったが、ペルージアにはまだまだ思い残すことが一杯でなかなか整理がつかない。何よりもマリコとクロちゃんとの別れである。互いにその話には触れないようにしていたが、彼女達にとっては僕は心から頼りであったに違いない。兄貴以上の関係にならぬように日本の許婚の存在を明確にしてあったが、それでも乙女心である。身近で、程よい年上で何事も思いのまま自由に生きる男の存在はかなり眩しかったに違いない。別れの晩餐会の後、明日は見送らないからと言って泣きじゃくっていた。胸の奥の甘酸っぱいものを振り切るのが辛かった。もう一人、別れ難い人がいた。マリアテレジア小母さんである。鍵を返す時、あなたは楽しかったわ。またペルージアに来たら尋ねてね。きっと来るのよ!と言って僕の肩をしっかり抱きしめた。