イタリア放浪時代<ミラノ 5>
サンタニエーゼに落ち着いてまもなく、最初に髪ボサ頭で僕を迎えた彼は日本から嫁さんを呼び寄せ、他に住いを探して出て行った。ああ見えて彼には画廊のスポンサーが付くほどの画家の玉子だったらしい。彼が居なくなると食事はほとんど僕が作らねばならない状況で、経済的にも厳しくなってきた。そんなこともあって、落ち着いたら連絡する約束のペルージアのツヨシに連絡をとった。彼もまた、ミラノのコネクションを探していたようで、こちらに来たい意向を持っていた。それには郷田さんも喜んだ。
そしてまもなく、ツヨシがサンタニエーゼに現れた。ヒッチハイカーの彼だから、自然流料理はお手のものと思い、早速に頼んだ。しかし、彼の初めての買い物におやっと思うものを見つけた。小さいカタクチイワシである。醤油煮でもするのかと思ったが、彼は迷わずトマトベースのソースを作り始めた。程よく煮詰めた所で、生のイワシをそのまま投入しそうになったので、それはまずいと止めたが、肉の代りだと言って聞かなかった。やはりそれはもの凄い生臭いトマトソースとなり、本人以外誰も手をつけることは無かった。そしてしばらくは週に2度現れるツトムちゃんと僕が料理を担当することになってしまった.。
僕とツヨシが現れたことで、ただ寝るだけだったサンタニエーゼは少しずつ変化し始めた。幸い下の階には誰も住んでなかったので、夜は時々奥のベッドのある広間で、日本拳法の郷田氏と空手のツヨシによる武術研究会とも言うべき「形」の練習が始まり、僕も構えだけは教えてもらった。これで、イタリア人から脅されそうになったら「ファチャーモ カラテ!」(空手するか!)と形だけは見せることが出来る。
そんなある日、弁護士さんでもある白髪の大家さんが現れ、アパートのあまり汚なさを見かねて、これでは貸せないと宣言された。そこで1週間の猶予をもらい、数日かけて壁や天井を白く塗り、ちょっとお洒落に枠だけを黄色に塗り分けた。見違えるような綺麗な部屋になり、大家さんを呼ぶと「ブラボー ジャポネーゼ ファンタシカ!」と言って喜んで帰っていった。奥まで塗るつもりだったが、これで窮地は脱し、予算も無いのでこれで終わりにした。しかし、これがきっかけで掃除と片付けをすることになり、部屋にも活気が出た。その為かいろいろな人が訪ねて来るようになった。
龍村さんの展示会の計画も着々と進んでいた。龍村さんは作品の数を揃えるため毎晩徹夜をしているようで、普段でも痩せた細い顔を更に精悍にしていた。展示場の一角を白大理石の砂利で枯れ山水を作りたい意向で、僕はその形や材料代等を検討した。