イタリア放浪時代<一時帰国 4>
メラニィーとの出会いに想像以上のショックを受けているようで、どのようにパリに着いたかの記憶が無い。ただ、なけなしのお金で買集めたポスターの筒が手元に無かったのはショックだった。気を取り直して若者の街ラテン区に向かい安宿を探し、エレベーターの無い屋根裏部屋を見つけた。受付の伯父さんに「2泊お願いします」と身振り手振りで伝えると「門限が11時で、下の玄関を閉めるから」と言われたが値段で決めた。
荷物を置いて、まずは定番のモンマルトルの丘に登った。怪しげな芸術家と観光客が溢れ、ちょっと場違いな感じが否めず、そのまま裏道を下り、ユトリロや藤田嗣冶の気分で歩いた。モンパルナス駅付近の市場で台に山盛りに積まれた牡蠣を見つけ、スタンドのコーナーでレモンだけで食べることができた。日本の牡蠣より少し水っぽいけど沢山食べるならこちらの方が良いかもしれない。食べた殻をバケツに捨てながら、ちょっと幸せな気分でビールなんか飲んでしまった。
ノートルダム寺院はさすがに荘厳であったが、ルーブルの広場やシャンゼリエ通りなどを歩きながら、あのままジュネーブに泊まれば・・・ なんてまだ未練たらしいことを考えている自分が嫌で、すこしもパリに集中できない。気がつくとラテン区に戻り、軽いパスタで夕食を終え寝てしまった。
ゆっくり目覚めたが、今日だけはパリをうろつく気にはなれない。地図で20kmぐらい西にベルサイユ宮殿を見つけ、地下鉄を乗り継いでパリから逃げるように向かった。すぐに景色が変わり、沿線は高級住宅街になった。駅から参道のようなものがあると思ったが、案内板があるだけで、文字が多くて地図が良く解らない。方向を定めて歩くと大きい広場にでた。中央を鋳鉄の格子の塀と立派な飾り門が貫き、すぐ横に小さな入り口ゲートがあったが、休みなのか、中に入れない。あちらこちらを回って探すにはあまりにも広すぎる。宮殿はともあれ庭だけは見たかったのに、ここに入場するにはしっかり下調べをするか、ツアーでないと歯が立たない屈辱感を味わう羽目になってしまった。
納得できない怒りの心を収めながら駅に戻り、大好きな地下鉄を乗り回して遊ぶ事に決めた。パリの地下鉄は何度乗り換えても料金は同じだが、乗り換えのために複雑な迷路がある。映画でアランドロンが逃げたエレベーターを見つけた時は嬉しかった。美術館のように美しいルーブル駅で降り、セーヌ川の公園をぶらついたが、やはり落ち着くのはラテン区だ。だんだん小道に入りながら散策すると、たまらない中華の匂いが漂った。そこは入り口は立派だが、中は4人掛けがいっぱい並ぶ大衆向けの店だった。メニューで理解できるのは春巻き(スプリング・ロール)と広東麺(ヌードル・アラ・カントン)くらいだ。しかし、異国で疲れたら中華に限る、体中の力が甦る気がする。デザートにライチを頼んでやっとパリで落ち着く事が出来た気がした。
店を出ると観察力までが違うような気がする。しばらく歩くと半地下の喫茶店のような店から歌声が聞こえる。覗くとピアノの伴奏で歌っている。ウエーターに入っていいかと聞くとカモンの合図だ、小さなテーブルと椅子がいっぱいあるがガラガラだった。練習かと思ったが、5~6曲唄うと少しの休憩があり人が変わる。そしてどんどんレベルが上がり、9時を過ぎる頃には客も満席になった。だんだんプロ級が現れ、これが本場のシャンソンかと感激した。11時を過ぎる頃には最高潮に盛り上がり、聞くと夜中の3時ごろまで続くらしい。だが、僕には門限があり、後ろ髪を引かれる思いで店を出た。