イタリア放浪時代<再びミラノ 1>
再びミラノに戻ると状況が少し変わっていた。レストランの青田君が帰国の準備を始めただけでなく、郷田さんが日本に帰るからサンタニエーゼのアパルトメントの権利を僕とツヨシに譲りたいと言い出した。誰かが引き継がねばならないので引き継ぐ事にした。まもなくツヨシと二人になってしまい、広いアパルトメントを二人では経済的にもきついのでペルージアの友人や知り合いにシエアできる人を探した。ゴローさんが正月に来ると返事がきた。だが実際の話、郷田さんは道場主のお嬢さんと関係が出来てそちらの方入り浸たって、サンタニエーゼは必要が無くなっただけのようだ。そんなわけでその後もちょくちょくサンタニエーゼに現れた。
そんなある日、お馬鹿なツヨシがどこからか若い女性を拾ってきた。いくらなんでも男所帯にそれは無いだろうと思ったが、彼女はイタリア生活が長いようで、気は強そうだが知的な人だ。名をキミコと言い、イタリア人の彼氏と別れ行く所が無いと言う。相談の結果、奥の細長い僕の勉強部屋の奥をカーテンで仕切り彼女の部屋にした。しかし、彼女の語学力はたいしたもので通訳で生計を立てているし、見かけによらずその生活態度はしっかりしているのに驚いた。生活のリズムや整理の仕方などに毅然とした所がある。
そんな彼女からアルバイトに誘われた。フェラ(国際見本市)の日本ブースで農機具の三笠産業のスタッフとして参加する仕事である。完全な通訳でなく、少しイタリア語のわかる日本人で良いそうで、喜んで参加したが、言葉が不十分な僕にとってこの1週間がかなりきつかった。というより、無力さを見せ付けられる事になり、ミラノでお金を稼ぐ自信を喪失した。ようするに中途半端な仕事は無いと言う事だ! そこでお金の心配で行く事を悩んでいた語学校にすぐ申し込みに走った。
ある夜、語学校から戻るとキミコ嬢が泣きながらここを出ると荷造りしており、異様な雰囲気であった。話を聞くとお馬鹿なツヨシが又やらかしたようだ。空手の先生のツヨシが彼女に交際を申し込んでひっぱたかれたらしい。笑い話にもならないが、二度とそのような事はしない事を誓わしてその場を治めた。男所帯で必死にがんばっているのだ。それはタブーだろう。本当に空気を読めない奴だ。
ベロナからマキコ嬢の女友達が尋ねてきた。彼女もたくましい女で「イタリア男を煙に巻きながら生きているのよ!」なんて強がっていたが、ベロナの街の美しさを語りながら話す彼女の生き方が、そんなに荒んでいるようには見えなかった。4人でモンテ・ナポレオーネ通りの生バンドのバーで客も少なかったので日本語で唄いまくった夜は楽しかった。またマキコ嬢はカンツオーネが好きで、レコードの歌詞を1フレーズづつイタリア語のニュアンスを噛み砕いて話してくれて歌の素晴らしさやイタリア語の言い回しを教わった。
彼氏の話も少しずつ語るようになり、年が一回り以上も離れている事や、小さな会社を持ち最近では、すこしずつよりを戻しているようで、ある日、彼がぜひ僕に会いたいと言っているらしい。僕には関係ないだろうと断わったが、兄貴のような人だと伝えているらしいので、仕方なく会う事になった。まるで保護者のような形で小さいレストランで会う事になった。小柄で、シャルル・アズナブールみたいな顔をして、彼女と一緒に会社を立ち上げ何とか自立し始めた所で、これからも彼女無しでは考えられないと僕に訴えてくる。悪い奴ではないと思ったが、僕の立ち入る余地は無い。ただ黙って聞いていただけだ。それからしばらくして彼女は風のようにサンタニエーゼを去っていった。