2009年9月15日

南イタリア・車で周遊<アリベロベッロ~プライアーノ>

Filed under: 旅行日誌,社長ブログ — boss @ 1:36 PM

日本の団体の為に朝食の時間をまた30分遅らされてしまった。しかし、これが普段旅行する僕たちの姿でもあるが、物凄くパワフルで何となく近寄りたくない。しかし、駐車場では出発が同じで、こんな車で好きな所を走り回っているのかと驚嘆された。ちょっと誇らしい気分で走り去った。

マテーラはサッシと呼ばれる洞窟住居のある谷あいの街と聞いている。近づいているはずなのに、何時までも続く平坦な景色にそれらしい景色は無い。グランドキャニオンのように突然に谷間が落ち込んでいるのだろうか? 想像するだけでわくわくする。土手のような小さな丘を越えると新市街に入った。マテーラには似つかわしくない景色だが中心に近づいて駐車場のビルを見つけた。管理人に「旧市街は?」と聞くと近くだと指差し、広場の一角にゲートがあると教えられた。それは防御の為か、まるで地下鉄の入り口ような何気ないゲートだった。しかしその狭いトンネルを抜け、細い石段をしばらく下ると驚くべき光景が現れた。両岸の深い谷に貼り付いたまさに、サッシ・カヴェオーソ地区と呼ばれる洞穴住居群である。異様だがこの包まれるような心地よさは何だろう。第2次大戦後南イタリアの悪夢として強制的に移住させられた時もあったようだが、近年では放置された住居に新しく住み始めている人も多いと聞く。人が住むという営みを根本から考えさせられるような空間である。

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少しためらったが、遥か遠くに見える最下段まで行くことにした。やっとたどり着くと谷底の川はさらに100mも下にあった。ここから見あげると、住む為になぜこんなにもエネルギーをかけるのか不思議な気持ちになる。その疑問を噛締めながら再び登リ始めた。最下部の横穴洞窟のようなカヴェオーソの住居跡に新しいベットや家具が持ち込まれ、ホテルに改造する計画が進んでいた。やっとの思いで、頂上のドーモ広場に辿り着き、いろいろな意味で歴史を蓄積する石の文化の重さと壮大さを味わったような気がする。

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感動のマテーラから南に下り、川沿いをさらに西に進み長靴のくるぶしあたりの街ポテンザに向かった。もう昼も過ぎた。高速から街に下りるのも面倒だから、高速のスタンドで昼食にしようと、GSスタンド脇のBARに入った。定期便の人たちが多いようでアメリカ風のワイルドな感じがとても良い。例によって皆はそれぞれパニーニにお好みのハムや野菜を注文して軽く焼いてもらい、コーラやファンタのボトルを頼んで立ち食いをした。しかし、僕はちょっと休みたいのに外は暑いくて、店には座る場所も無い。トイレから戻ったSINさんが、「後ろに木陰のベンチが有った!」と言ったが、その時はもう食事は終っていた。

再び高速を走り、サレルノの手前で、パエストムに向かって一般道を南下した。パエストムは若き日に訪れ、あまりにも壮大な遺跡に感激し、なぜこんなにも完璧なギリシャなのかの疑問に、必ずもう一度南イタリアを廻りたいと心に誓った場所である。その頃は、まだ地中海の歴史を知らずに訪れた。そして、今35年ぶりにパエストムに立とうとしている。青春の思い出と古代への思いが一挙に駆け巡る。僕の中では今度の旅の最終目的地をここに決めていた。つまり、マグナ・グラキリアを廻る旅の集大成がここにあると考えていた。

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遺跡のゲートを入ると右側に少し小ぶりのセレル神殿がある。左側の遺跡群の遥か向こうに神殿群が有るようだ。ここはセリヌンテと同じく、平地の遺跡である。古代の繁栄の後、セーレ川の堆積で沼地に埋まってしまい、歴史に忘れられ、このような完全な形に近い遺跡が残ったようだ。それぞれの遺構を確認しながら古代に夢を馳せたいがその時間は無い。神殿はどれも素晴らしいが特に中央のネプチューン神殿の堂々としたプロポーションは神殿として一級品であろう。ここの博物館はぜひにも見たかったが、暗くなって危険なアマルフィー海岸を走りたくないので、後ろ髪を引かれる思いでここを後にした。

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ラッシュ時のサレルノ市内を通過したくなく、高速で迂回しながらソレント半島に入いた。すぐに大変な急斜面に変わり、これから続くアマルフィー海岸を暗示していた。このあたりに2泊して、ゆっくり廻るために駐車場付きのホテルをネットで探したが、アマルフィ付近では手頃のホテルが見つからず、少し先の街プライアーノに決めた。しかし、この海岸線は伊豆あたりの道とはぜんぜん違い、バスとのすれ違いにしばらく待たされたり、譲り合ったり大変である。なんとかアマルフィまででたどり着いた。ホテルらしい建物は崖の上下にたくさんある。しかし、そこに続く道が見当たらない。どのように行くのだろう。ナビの案内のまま半島を越えてプライアーノらしき街に入るとすぐ右に、急な石積みの坂道の上に目指すホテルの看板があった。車では登らずにフロントに問い合わせると下のグリーンの門が開いた。「バンザーイ! これで明後日までは車の運転から開放されることになる!」 ホテルは岩に貼り付くように造られていた。

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フロントのフロアーにあるレストランはテーブルに付くと海に張り出したようなオーシャンビューである。ここは海面からは100m位は有りそうだが、急斜面だから何処からでも絶景である。少しもやり始めた黄昏の海を望んで、夕食が盛り上がらないわけは無い。白ワインを飲み干し、赤に変えて、テーブルの上は海の幸である。そんな食事の中で、明日はアマルフィーから海に出てポジターノまで行ってバスで戻る案はどうかとの提案があった。楽しい1日になりそうだ!

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  1. マテーラは急激に綺麗になっていくようなきがしたね。こういうものを残していくためには活用して収益を上げることが必要なんでしょう。
    パエストゥムは平地だけれどアグリジェントに匹敵する神殿群だね。これがギリシャでないということは、それだけギリシャが凄いということか。これだけ並んで神が祀られていた神殿群とはどういったものだったのかな。
    プロポーション的にはアグリジェントよりもパエストゥムの方が好みだな。

    コメント by shinichi — 2009年9月17日 @ 2:50 PM

  2. マテーラは時代の価値観によって評価が違うのでしょう。
    戦後の間もない頃には本当に貧民窟似見えたのでしょう。
    実際に住む為には車やリフト、電気すらない時代には
    相当にきつかったろう。
    しかし、カヴォーソ地区に立つと、実感として別荘のような
    暮らし方なら、住んでみたい気がする。
    パエストムの神殿は、建築的にも一級品で、荘厳さでは
    アテネのパルテノン神殿と肩を並べると思う。

    コメント by boss — 2009年9月18日 @ 1:54 PM

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